桜梅桃李



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あきる野 初後亭

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今日は、伴侶とある山の中のそば処へゆこうと計画していました。
がしかし、駅に到着し電話してみると、病人が出たので今日はやらない、ですって。
しょうがないので、秋川渓谷目指してとりあえず歩こう、ということに。

すると、駅の比較的近くに自家製のうどんと蕎麦のお店を発見。
チラシに「蕎麦は母の日まで」とあり、うどんでもいっかと暖簾をくぐりました。

すると、蕎麦は今日まで出します、それ以降は秋まで出さないということで、
めでたくお蕎麦にもありつけました。地元産のコップ酒で乾杯。
あたしは引きずり出しうどん(いわゆる釜揚げ)を注文しました。

粉の風味がいきいきしています。
鄙びた感じのお料理ですが、野菜やお肉、卵も地元で仕入れており、
こだわりというより愛情、ご夫婦でできる範囲でよいものを提供しようという
姿勢が随所にあらわれています。

食べるのも飲むのも好きだけど、方々食べ歩くより、気に入ったお店や場所には
何度も足を運びたし。

地味だけど掃除が行き届いている。
押しつけがましくない、仲よく、気持ちのいい働きぶり。
おいしい店はたくさんあるけれど、こういう店はそうそうありません。

さて、なぜ夏場にお蕎麦を出さないかというと、生地がだれてしまうからとのこと。
小麦と蕎麦は二毛作の自家製で、その素材を活かしたくて商売をはじめたそうです。

お店の名前の由来は、初後(しょうご)という地名から。
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by udonge7030 | 2014-05-12 22:02 | 日々のあわ

映画 『渚のふたり』

最も尊いものを見るために 
一時目を閉じているのだ

最も正しいことを聞くために 
一時耳をふさいでいるのだ

誠の真実を語るために 
一時沈黙の中で待っているのだ


(以上 ヨンチャンの詩)

いまも余韻が広がり続けている韓国のドキュメンタリー映画
『渚のふたり』。


夫・ヨンチャンは目が見えず、耳も聴こえない。
脊椎に損傷があるため小柄な妻スンホとは指点字を使ってやりとりをする。
ふたりはとても仲がいい。―

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生まれつき耳の聴こえない知人がいる。
自分は手話ができないが、彼女は唇の動きが読めるし発声も上手である。
また、職場で聾の方と接することもあるが、発声が不得手な場合は筆談でやりとりする。
しかし、目の見えない親しい知人はほとんどいないので現状がわからない。

ヨンチャンはいったいどうやって言葉を獲得したんだろうか。
指点字なるものがあるということもはじめて知った。
そして、世界には同じようなひとが大勢いるのだ。


(以下 ヨンチャンの詩)

寂しいときは寂しいといいなさい
避けて逃げたりせず、振り返って干渉したりせず
ただ寂しいといいなさい
闇が濃いほど星が光り、夜が深まれば、朝は来る


あたしたちは目が見えるから大好きな本が読めるし、美しい映画や景色を
観ることができるけど、見たくないものだってたくさんある。
耳が聴こえるから音楽や会話を楽しめるけど、聞きたくもない音やことばが
洪水のようになだれ込んでくる。

見えるって、聴こえるって当たり前だと思っていたけど、素晴らしいことなんだ。
でも、見えること・聴こえることは、本当に知っていること・味わっていること
ではないのかもしれないね。

この春、お別れの際にたくさんのひとと握手をしてもらった。
温かい手冷たい手、乾いてる手湿ってる手、骨太のひと、なめらかなひと、
大きい手小さい手、強く握り返す手、優しく触れる手…
当然だけど、同じ手はひとつもなかった。

手と本人の印象が同じひともいれば、まるで別人のような手もあった。
さすがに嗅いでみたり、舐めたりもしないけど、触れることであらたな
そのひとを知り得たことが素朴に嬉しかった。

『渚のふたり』。
もう一度観たいなあ。地元で自主上映できるといいな。
ひとりでも多くのひとが出逢ってくれるとうれしい映画です。 
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by udonge7030 | 2014-05-12 17:20 | 偏愛劇場

リセット

誕生日に、北海道の母からケーキその他諸々が送られてきた。
ケーキは従妹が作ったもので、それぞれ栗やふきのとうが入っている。
げっ、ふきのとうかい! お菓子に合うのか謎である。

従妹は古民家(母曰くあばら屋)に住んでいて、陶芸品やお菓子を作って暮らしている。
栗も自分で拾って処理をしたものだ。

おれいに電話すると、父が出た。
当然父はあたしの誕生日など知らない、覚えていなかった。
悲しいとは思わない。たいていの男はそういうものだから。
子煩悩な伴侶だって、子どもの誕生日をはっきりと覚えていないらしく、
書類などに書き込む際にはかならず保険証を探している。

母の携帯電話にかけ直して、ありがとうと言った。
産んでくれて、愛してくれてありがとう。
とは言わなかったけど、ありがとうにはたくさんの意味がある。

あのさお母さん、お父さんあたしの誕生日忘れてるみたいだったよ。

母) 覚えてるはずないっしょ。あの親爺が。

でもね、お父さんじゃなかったら、あたしにならなかったんだよ。
崇(死んだ末弟)にも会えなかったんだよ。だからお父さんでよかったんだよ。

母) …そうだね。

今年で46。
なにかをコツコツつみあげることなく、なんらかの結果も出せず、
失敗だらけだったけど、本当に様々な経験をしてきたのだ。
いい思いもたくさんしてきた。

痛い、恥ずかしい、苦い想い出も、今世で必要な経験だったんだろうな。


そうそうお母さん、ふきのとうのシフォンケーキは思いがけず美味しかった。
塩漬けのふきのとうのしょっぱさが、添えた生クリームによくあって
栗のケーキよりも好きだな。従妹にそう伝えてね。


一年前に講師の仕事を辞めて、ブログの記事をそのままにしてきたが、
思い立って整理整頓をした。当時はあふれる思いがあったけれど、
いまどき情報はわんさとあるし、そもそもブログなど流行らないし、
たいした影響力はないのかもしれない。

記事は簡単に修正や削除ができるが、自分の生の履歴はリセットできない。
過ぎ去った思いも行動も、どこかに残っているはずなのだ。

変わっていくのなら、よりよく変わってゆけますように……。
変化することを恐れずに、毎日を楽んで、新しい一年をお過ごしください。


こんなメイルをもらった。
昨年は彼女の家で、ダンナさまが伊豆大島の海で突いたお魚の刺身を
ごちそうになった。おもてなしを受けたのに、ろくにお返しできていない。
そのあいだ大島では大変な惨事があった。

変化は寂しくもあり切なくもあり、ある意味救いでもあるね。
恐れずにゆきたいものです。


そう返事を書いた。
たくさんの経験があるから、相応の借りもいっぱいある。
返さなくてもいいのかもしれないけれど、理由をつけて会いに行けるんだ。

そんな豊かさを抱きしめて生きてゆこう。


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by udonge7030 | 2014-05-11 04:35 | 日々のあわ


酒と 歌が あるから