桜梅桃李



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友だち以上

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もう4、5年経つだろうか。
図書館嘱託員の傍ら、訪問介護と自立支援の仕事を続けている。
年数だけは重ねているが、週1~2回同じひとの支援に入っているだけなので、
相当の実力は伴っていないと思う。

そのひとは、ひとりで外出も家事もできない。
持病以外にも大病をし、毎日多量の薬を飲んでいる。
被害妄想が酷く、なんでも<敵>のせいにしてときどき怒鳴る。

とは言っても、敵は仮想の人物なので、あたしにはすこぶる優しい。
たとえば料理の味がいまいちでも、敵がいたずらをしたということになって
しまうので、おわびをしても受け止めていただけない。

条件だけ箇条書きにすると、難しく面倒くさい感じがするだろう。
確かに独特の価値観やルールがあるので手がかかるし、わがままでもある。
反面気丈でユーモアがあり、いつもひとの心配ばかりしている。
いろいろなことを教えてくれるし、「ひとのせいばかりにしている自覚」もあるのだ。

そして、半径80センチのことはたいてい自力でできる。
排泄、字を書くこと、歯磨き、食事。
自力の移動は苦手だが、残っている能力で人の手を借りながら時間をかけて
動く様にはいつも感動する。

そのひとの楽しみは、車椅子での「外出」と、「食べること」だ。
上の部屋には敵が住んでいて、毎日毒が降ってくるという。
外出している間に、敵に部屋を荒らされるのは嫌なのだが、買いものがてら
道端の花を見たり、雷にびくびくしながらスピードをあげたり、ウィンドウショッピングを
したりと一緒に季節の移ろいを感じるのは楽しい。

ひとの好き嫌いが激しく、被害妄想が高じて介護士を切ってしまうことが
しばしばあり、ケアマネージャーはてんてこ舞いしている。
付き合いは長いけど、あたしもいつ切られるかわからない。

大地震の日、ちょうど支援で一緒に居た。
ささやかだけれど、忘れられない記憶がたくさんある。
一緒に笑ったこと、泣いたこと。怒られたことなんて数知れず。

仕事だけれど、ある意味友だち以上。甘えるけど、満たしつくさない。
いつかいのちが果てるまで、嫌われない限り、物理的に距離ができないかぎり、
(ときどき嫌にもなるけどね…)支援を続けられたらなあと思う。

先のことなんてわからない、約束なんてできないけれど、密かにそう思っている。
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by udonge7030 | 2013-12-31 15:37 | 日々のあわ

のんきです

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単身、息子の第一志望の学校説明会へ行く。

息子は受験に熱心ではない。
今まで参加した説明会では、父親が同行し目をキラキラさせていたらしく、
「父さんと行くのはもういやだからね」と言う。

学校が少し遠いと、「行きたくねー」と言う。
も少し上のレベルに行けそうだから目指したらどう?
(あたしだったらそうするんだけど…)彼にはそういう考えはないらしい。

エンジンがかかるのが遅く、それは親の責任でもあるのだが、
担任の先生も心配なのかいろいろな情報をくださった。
わたしたちは本当に恵まれていると思う。

最近の子どもたちは、友だちにも志望校を言わないらしいが、
今朝は保育園が一緒で部活が一緒で、たまたま塾も一緒で
同じ志望校の友人と連れ立って模試へ出かけた。
「お昼になに食おうかな」それだけを楽しみに。

さて、先日の学校説明会は素晴らしかった。
生徒たちによる部活紹介が圧巻で、講堂の舞台の上で踊る、宙返りする、
パスする、スマッシュ、面胴小手! きゃ~
面白くて可愛くて、こころはたちまち昭和へワープ☆
楽しかった高校時代が蘇ってきた。

程度は中の中だが、なんでも部活動が盛んで、中でも合唱部が強いらしく
大トリで男子だけの短いけど気の利いた和声を披露してくれた。

この子たちは東大へは行けないだろうけど、生きてるって感じがする。
こんな合唱部なら入りて~
と思ってしまったが、息子には黙っていやふ。

今年やるべきことは、とりあえずおしまい。
思えば遠くきたもんだ… (by中也)
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by udonge7030 | 2013-12-15 09:24 | 日々のあわ

そこにあるもの

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        しかし、不安を打ち消すために人を求める。
        それも愛のかたちではないのか。
        たんに揺れ動く心。それだって愛のかたちではないのか。
        いや、私はかたちを求めすぎる。愛にも人生にも、
        そして音楽にもかたちなどないのではないか……。
 
                                


何年ぶりだろう。『とまどい』と『愛を弾く女』を観た。
監督はクロード・ソーテ。女優はエマニュエル・ベアール。

公開当時、ベアールはあたしのアイドルだった。
同世代の、匂い立つような眼差しのフランスの女。
カッコだけパリジェンヌ気取りだったあたしの憧れだった。

ひさしぶりに観るとああ、なんて彼女はあどけなかったんだろう。
登場人物の三角関係は、それぞれの年齢や境遇、性質が違いすぎて噛みあわず、
誰の想いも成就しない。映画にはいわゆるラブシーンがまったくないにもかかわらず、
胸をしめつけられる官能がそこかしこにある。

突然の雨の中、カフェをめざして走るふたり。
雨宿り、髪を結いあげた女のうなじから立ち上る香水の匂い。
あるいは急な男の旅立ちに、なすすべもなく握手するふたり。

「いいこと、ステファン、女は一歩踏み出したら、後戻りはしないわ」

当時の女友だちが「こういう微妙な男女関係は理解できない」
と言ったことが、いまも記憶にあります。

たしかに、結婚制度やカップルという枠に捕らわれていては無理な話で、
自分に正直に生き、相手を尊重する、自立しているからこその関係性。
だから、おもな登場人物をそれぞれ好ましく感じました。

不倫なんて陳腐な言葉は要らない。
瞳の奥に、指先に、そしてこころのなかにそれはある。

恋愛。友情。師弟愛。同志愛。名もない愛。名もない関係。
老いも若きも、初心も熟練も、愛することに、愛されることに
誰もがとまどいながら手を伸ばす。

人の心は人のものじゃない。神のものだ。
手だけは人のものだ。
言葉は手と心のあいだにある。


愛するきもちは、自分の中に。
愛されることに気づくのも、気づけないのも自分。
ないと思えばないし、あると思えばある。

自惚れ。勘違い。すれ違い。
痛いけど、あるのだと思えば、こころが温かく感じるでしょう。

カミーユのように、ネリーのように、真っ直ぐに。
願わくばそんなふうに生きていきたい。

~文中の太字の箇所は小説『愛を弾く女』ハヤカワ文庫より抜粋

どちらの作品もおすすめですが、とくに『愛を弾く女』は映画も小説も絶品です。
全編に流れるラヴェルのソナタが、ベアールが演じるヴァイオリ二ストの感情に
こころ憎いほど調和しています。
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by udonge7030 | 2013-12-10 19:33 | 偏愛劇場


酒と 歌が あるから