桜梅桃李



カテゴリ:日々のあわ( 63 )


あきる野 初後亭

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今日は、伴侶とある山の中のそば処へゆこうと計画していました。
がしかし、駅に到着し電話してみると、病人が出たので今日はやらない、ですって。
しょうがないので、秋川渓谷目指してとりあえず歩こう、ということに。

すると、駅の比較的近くに自家製のうどんと蕎麦のお店を発見。
チラシに「蕎麦は母の日まで」とあり、うどんでもいっかと暖簾をくぐりました。

すると、蕎麦は今日まで出します、それ以降は秋まで出さないということで、
めでたくお蕎麦にもありつけました。地元産のコップ酒で乾杯。
あたしは引きずり出しうどん(いわゆる釜揚げ)を注文しました。

粉の風味がいきいきしています。
鄙びた感じのお料理ですが、野菜やお肉、卵も地元で仕入れており、
こだわりというより愛情、ご夫婦でできる範囲でよいものを提供しようという
姿勢が随所にあらわれています。

食べるのも飲むのも好きだけど、方々食べ歩くより、気に入ったお店や場所には
何度も足を運びたし。

地味だけど掃除が行き届いている。
押しつけがましくない、仲よく、気持ちのいい働きぶり。
おいしい店はたくさんあるけれど、こういう店はそうそうありません。

さて、なぜ夏場にお蕎麦を出さないかというと、生地がだれてしまうからとのこと。
小麦と蕎麦は二毛作の自家製で、その素材を活かしたくて商売をはじめたそうです。

お店の名前の由来は、初後(しょうご)という地名から。
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by udonge7030 | 2014-05-12 22:02 | 日々のあわ

リセット

誕生日に、北海道の母からケーキその他諸々が送られてきた。
ケーキは従妹が作ったもので、それぞれ栗やふきのとうが入っている。
げっ、ふきのとうかい! お菓子に合うのか謎である。

従妹は古民家(母曰くあばら屋)に住んでいて、陶芸品やお菓子を作って暮らしている。
栗も自分で拾って処理をしたものだ。

おれいに電話すると、父が出た。
当然父はあたしの誕生日など知らない、覚えていなかった。
悲しいとは思わない。たいていの男はそういうものだから。
子煩悩な伴侶だって、子どもの誕生日をはっきりと覚えていないらしく、
書類などに書き込む際にはかならず保険証を探している。

母の携帯電話にかけ直して、ありがとうと言った。
産んでくれて、愛してくれてありがとう。
とは言わなかったけど、ありがとうにはたくさんの意味がある。

あのさお母さん、お父さんあたしの誕生日忘れてるみたいだったよ。

母) 覚えてるはずないっしょ。あの親爺が。

でもね、お父さんじゃなかったら、あたしにならなかったんだよ。
崇(死んだ末弟)にも会えなかったんだよ。だからお父さんでよかったんだよ。

母) …そうだね。

今年で46。
なにかをコツコツつみあげることなく、なんらかの結果も出せず、
失敗だらけだったけど、本当に様々な経験をしてきたのだ。
いい思いもたくさんしてきた。

痛い、恥ずかしい、苦い想い出も、今世で必要な経験だったんだろうな。


そうそうお母さん、ふきのとうのシフォンケーキは思いがけず美味しかった。
塩漬けのふきのとうのしょっぱさが、添えた生クリームによくあって
栗のケーキよりも好きだな。従妹にそう伝えてね。


一年前に講師の仕事を辞めて、ブログの記事をそのままにしてきたが、
思い立って整理整頓をした。当時はあふれる思いがあったけれど、
いまどき情報はわんさとあるし、そもそもブログなど流行らないし、
たいした影響力はないのかもしれない。

記事は簡単に修正や削除ができるが、自分の生の履歴はリセットできない。
過ぎ去った思いも行動も、どこかに残っているはずなのだ。

変わっていくのなら、よりよく変わってゆけますように……。
変化することを恐れずに、毎日を楽んで、新しい一年をお過ごしください。


こんなメイルをもらった。
昨年は彼女の家で、ダンナさまが伊豆大島の海で突いたお魚の刺身を
ごちそうになった。おもてなしを受けたのに、ろくにお返しできていない。
そのあいだ大島では大変な惨事があった。

変化は寂しくもあり切なくもあり、ある意味救いでもあるね。
恐れずにゆきたいものです。


そう返事を書いた。
たくさんの経験があるから、相応の借りもいっぱいある。
返さなくてもいいのかもしれないけれど、理由をつけて会いに行けるんだ。

そんな豊かさを抱きしめて生きてゆこう。


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by udonge7030 | 2014-05-11 04:35 | 日々のあわ

元氣はある

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何年ぶりだろう、野口整体を受けた。

先生は、父親よりは若いかな…。シャツにVネックセーターとスラックス
といういでたちである。雰囲気は仙人のようだ。
とある島に住んでいて、ときどき上京しているらしい。

からだをみてもらっている間、お互いに無駄なことは喋らない。
この春は調子が悪かった。食欲もなく、お酒も欲しくなかった。
インフルエンザにかかり、いまだかつてない下痢をした。
その下痢で、なにかすぽんと栓が抜けたような気がしたのだ。

それでも、きもちが卑屈で力が出ないので整体を受けたかった。
ところが相手は誰でもいいわけではなく、焦らず待っていたら
友人が紹介してくれた。

丹田を意識するのは、仕事で重い本を持ち上げるときくらいだ。
先生に促されて、丹田から相手を押す。
こんな武道のような、禅のようなやりとりは楽しい。

頭をぐいぐいと押される。苦痛ではないけど、相当なちからで。
文字通り、あたしの頭は相当カタイんだろう。
愉気されていたら、たくさんヨダレが出てきて(飲みこんだ!)、笑った。
ヨダレは生命力の象徴だから。

最後にそのひとは、「ある元氣は出しなさい」と言ってくれた。
それをどう受け取るかは、自分にしかできないこと。有難い。
喋らなくても、からだをみればわかるんだ。

なんだか気が楽になった。
気の抜けない毎日だけど、ぽかん としよ。
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by udonge7030 | 2014-04-14 13:27 | 日々のあわ

自分自身に

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他人を励ますことはできても

自分を励ますことは難しい

だから─というべきか

しかし─というべきか

自分がまだひらく花だと

思える間はそう思うがいい

すこしの気恥ずかしさに耐え

すこしの無理をしてでも

淡い賑やかさのなかに

自分を遊ばせておくがいい


~吉野 弘 『自分自身に』



今日は息子の卒業式だった。

200人以上の子どもが壇上へ上がり下りてゆくのを眺めながら、いろいろなことを想った。
親としてやってあげられなかったことも多かった。
寂しい思いをさせたのではないか。
自分は寂しいと言えない子どもだったが、息子もそうなのではなかろうか。

壇上でスピーチしている後輩の女の子が、涙声になった。
さらに生徒会長だった男の子も、話しながら泣き出した。
合唱はいまもむかしも変わらず、『大地讃頌』。
思いがけず美しい歌声。

先生の司会は噛みまくりだったが、なんだか不思議に爽やかな式典だった。

自分の卒業式じゃないのに、なんだか寂しい。
おれいを言いたいひとがたくさんいるような気がしたけれど、人波に紛れて外へ出る。

ひとは自ら願って生まれてくるが、いま生きているのは自分の一存ではない。
一子は高校生になり、二子は中学に上がり、あたしは小さな図書館への異動が決まっている。
離れて、巡り逢う。嬉しいことは、いつも寂しさと裏表だ。

ひとはひとりでは生きていけないから
かならず誰かがそっと 支えてくれているはずだから
誰が見ていなくても 自分がいいことだと信じることを
優しさだと信じられることを 淡々とやっていこう
それは あなた自身をご機嫌にすることだから
キット 巡り巡って 誰かが笑顔になることだから

オメデトウ!
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by udonge7030 | 2014-03-20 15:01 | 日々のあわ

曲がり角

大雪が降って子どもたちは駆け回り、何度も着替え、
寒いと言っては何度もお風呂に入り、洗濯物は乾かず…

がしかし、雪はあたしのエネルギー源。
わわわーい! みしみし踏み固めながら街をぐるりと一周、不在者投票へ。

その後、暖かな隠れ家で『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』(新潮文庫)を読む。
村岡花子は『赤毛のアン』を訳し、日本に紹介した女性である。
作者は、村岡氏の孫にあたる村岡恵理さん。

まだ半分ほどしか読んでいないのだけど、当時の出版や文学事情が分かり、
登場人物の情熱に目を瞠る…なかなか読みごたえのある伝記です。
いま読んでいるのは1923年、関東大震災のあたり。

この頃はまだ普通選挙でさえ行われておらず、日本において女性の参政権が
獲得されるのは1945年。(今知った…)
今日の権利は先人の計り知れない努力の賜物。
ああ、生きてるうちに女の都知事とか女の総理大臣とか見てみたいもんだ。

それよりも母性的なおじさん、つまりはおばさんおじさんが増えると明るい。
おじさんおばさんも悪くないんだけど、おばさんおじさん熱烈歓迎!
(その前に自分の母性をなんとかしなさいよ…)

ここで『赤毛のアン』の一節を。

いま曲がり角にきたのよ。
曲がり角をまがったさきになにがあるのかは、わからないの。
でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの。


折々思い出す大好きなことばだ。
とりあえず、今晩のおかずのてんぷらをていねいに。
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by udonge7030 | 2014-02-08 17:01 | 日々のあわ

素朴なひと

c0234001_204330100.jpg息子の作品



























今年はTさんからの年賀状が来なかった。

こちらからはほとんど出さないのだが、滅多に会わないひとや
ずうっと会っていないひとには丁寧な葉書を出している。
なので、こちらの近況を記して投函した。

Tさんは、毎年決まって干支の水彩画の年賀状をくれる。
毎年同じタッチで、文章も短い簡素なものであるがすごいのは
なんといってもすべてが手描きなのである。

結婚する少し前に、Tさんの画のモデルになったことがある。
律儀にモデル料もくれたうえ、仕上がった画も贈ってくれた。
その真心にはシビれたが、パッとしない絵であったので長い間しまってある。

さて、Tさんから近況が届いた。母ひとり子ひとりで暮らしているのだが、
昨年母上が入院し、家業は立て込み、胃を壊して痩せてしまったと書いてある。
Tさんは背が高くもともと細身だが、実業団でサッカーをやっていたらしく、
筋肉質である。そのうえ絵も上手で優しくて…となると相当モテそうであるが、
顔つきはラクダに似ているのだった。

性格ははっきりしているが態度は鷹揚で、カッコいいとはいえないけれど
一緒にいると和んだ。美術館へ行ったり、彼の絵の個展の手伝いをしたこともある。
お節介に友人を紹介しデイトさせたこともあったが、結局独り身だ。

お見舞いに早速お腹によさそうなものを見繕って送った。
節分の豆と板チョコ一枚もつけた。

数日後、Tさんから茶封筒に白無地の便箋が届いた。
おまけに彼の工房で作られた革製品のカードケースも入っていた。
「オリジナルのカードケースです。知りあいのお年寄りの方にでもどうぞ。
ご主人によろしく」

…まったく。ご主人ってアンタの友だちでしょ。
お年寄りにって、あたしにじゃなかったのかい!


独特のリズムの素朴すぎる手紙を読んで、伴侶とゲラゲラ笑った。

Tさん、調子がよくなったら、また一緒に飲もう。
お母さまにもよろしくね。
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by udonge7030 | 2014-01-22 21:34 | 日々のあわ

辛い事故がきっかけで退職、夫婦関係も破綻し長患いの友人とお茶を飲んだ。
求職中だが、なかなか仕事が決まらないという。がしかし、あまりヘコんでおらず、
むしろ今までになく朗らかだ。驚いたことに、彼女は恋をしていたのだった。

バツイチ同士。相手は幼なじみで申し分ないひとだけれど、仕事が超多忙なうえ
恋人がいるらしい。友人は言う。もう恋なんてしないと思っていたのにね。
いま、彼が好きというきもちに正直な自分がとっても好きなんだ。

はじまったばかりの欲のない恋は、自己肯定感を高めてくれるのだ。

お蔭で薬の量も減ったらしい。
天然のホルモン剤は、なによりの良薬だ。

恋、うまいこといくこといいな。でも、のぼせ過ぎると痛いからほどほどにね。
3Dの恋はアイドルにキャアキャアいってるのとは違うんだから。
でも、なんにもないより痛いめにあったほうがいいのかな?
え~い! なんでもいいから彼女にとって一番いいようにしてください(祈

思うに、たいていの女はどきどきやワクワクよりも、信頼や安心を求めている
んじゃなかろうか。がしかし、たいていの男はそれに気づいていない…
ような気がする。それって、あたしがファザコンだからそう思うんだろうか。

誰かさんのように いい歌はしらない
気持ちがブルーなとき お前の名をつぶやく程度さ
それで どうなる訳でもない

『たとえばこんなラヴ・ソング』 RCサクセション

こんな歌をぐるぐると口ずさんでしまう睦月。
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by udonge7030 | 2014-01-16 20:44 | 日々のあわ

もらってばっか

伴侶には悪いが、(子どもを除いて)一番大事なのは誰かと問われたら、母親と答えるだろう。

年末に実家へ「もし布団が余っていたらちょうだい」と頼んだら、作って送ってきた。
布団やさんに注文したのだという。当然、手作りのおせち料理も一式付いていた。

わが母は無名だが、スーパーマザーである。
努力のの字は母のためにあるようなものだ。
ピアノや日本舞踊…自分にできなかったことをなんでもあたしにさせた。
母であることの歓びと悲しみを誰よりも噛みしめて生きてきた昭和の女。

でも、あたしは本当はもうなにも要らないのだ。

年末年始に、関係があまりうまくいっていない義母の気力の衰えを感じた。
いつもかならず嫌味を言うのに、なにも言わないので心配になってしまった。
きっと伴侶にとっても一番大切なひとは、やっぱり義母なのだろうと思う。
お義母さんには敵うまい。どうして今まで気づけなかったのだろう。

幾つになっても満たされない。幾つになっても寂しい。
好きなひとと結婚しても、子どもを何人産んでも、好き放題やってても渇望してる。
四十年余り生きてきて気づいたことはこんなだったよ。

がしかし、ひとりでいてもほんのり楽しくて、みんなといても群れず引きこもらず、
嫌なことは嫌と言えて、好きなことは好きと言えるなら上等じゃないか。

これで親孝行できたなら、言うことなしである。

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by udonge7030 | 2014-01-05 14:59 | 日々のあわ

更新!

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夜、スーパーへ買いものへ出かけて戻ったら伴侶がいない。
あたしがなかなか戻らないので、心配して捜しに出かけたという。
なるほど、携帯電話も持たずに出かけたあたしが悪いんだろう。

ここのところ飼い猫は進化し、物干しざおの上を歩くので洗濯物が汚れてしまう。
ついでに干してある布団の上ものしのし歩くのでイラっとする。

がしかし、頼んでもいないのに心配してくれる愛情過剰な伴侶より、
なんにもしてくれないどころか、手がかかってしょうがない猫のほうがずっと好きだ。

そう言ってもニコニコ笑っている伴侶は大きい。
やっぱりアンタには適わないな。

今年も契約更新いたしましょう。よろしくね。


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by udonge7030 | 2014-01-03 10:25 | 日々のあわ

友だち以上

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もう4、5年経つだろうか。
図書館嘱託員の傍ら、訪問介護と自立支援の仕事を続けている。
年数だけは重ねているが、週1~2回同じひとの支援に入っているだけなので、
相当の実力は伴っていないと思う。

そのひとは、ひとりで外出も家事もできない。
持病以外にも大病をし、毎日多量の薬を飲んでいる。
被害妄想が酷く、なんでも<敵>のせいにしてときどき怒鳴る。

とは言っても、敵は仮想の人物なので、あたしにはすこぶる優しい。
たとえば料理の味がいまいちでも、敵がいたずらをしたということになって
しまうので、おわびをしても受け止めていただけない。

条件だけ箇条書きにすると、難しく面倒くさい感じがするだろう。
確かに独特の価値観やルールがあるので手がかかるし、わがままでもある。
反面気丈でユーモアがあり、いつもひとの心配ばかりしている。
いろいろなことを教えてくれるし、「ひとのせいばかりにしている自覚」もあるのだ。

そして、半径80センチのことはたいてい自力でできる。
排泄、字を書くこと、歯磨き、食事。
自力の移動は苦手だが、残っている能力で人の手を借りながら時間をかけて
動く様にはいつも感動する。

そのひとの楽しみは、車椅子での「外出」と、「食べること」だ。
上の部屋には敵が住んでいて、毎日毒が降ってくるという。
外出している間に、敵に部屋を荒らされるのは嫌なのだが、買いものがてら
道端の花を見たり、雷にびくびくしながらスピードをあげたり、ウィンドウショッピングを
したりと一緒に季節の移ろいを感じるのは楽しい。

ひとの好き嫌いが激しく、被害妄想が高じて介護士を切ってしまうことが
しばしばあり、ケアマネージャーはてんてこ舞いしている。
付き合いは長いけど、あたしもいつ切られるかわからない。

大地震の日、ちょうど支援で一緒に居た。
ささやかだけれど、忘れられない記憶がたくさんある。
一緒に笑ったこと、泣いたこと。怒られたことなんて数知れず。

仕事だけれど、ある意味友だち以上。甘えるけど、満たしつくさない。
いつかいのちが果てるまで、嫌われない限り、物理的に距離ができないかぎり、
(ときどき嫌にもなるけどね…)支援を続けられたらなあと思う。

先のことなんてわからない、約束なんてできないけれど、密かにそう思っている。
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by udonge7030 | 2013-12-31 15:37 | 日々のあわ


酒と 歌が あるから